リストラされた31歳派遣OL、田舎でフリーランスデザイナーになる(自伝1)

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千葉県富津市金谷。

山と海に囲まれたのどかな町。

朝日とともに起き、好きな時にのんびり働き、仲間とご飯を食べ、日が変わる前に眠る。

半年前の私には全く想像できない世界で、私は暮らしている。

贅沢。

今の生活を一言で表すなら、この二文字以外ないだろう。

 

生き辛かった少女時代

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私は、幼いころからずっと生き辛さを抱えていた。

普通の人よりも感受性が強く、エンパスHSPという超敏感体質の私は、学校では素直に自分を出せる場所が無く、常に孤独を感じていた。

クラスでは殆どひとり。手を差し伸べてくれた同級生にもどのように接していいか分からずに、逆に傷つけてしまうことも度々あった。

できるだけ、目立たないように、はみ出さないようにすれば仲間はずれにされない。

いつしか、それがモットーになっていた私。

どこかモヤモヤを抱えながらも、日々が過ぎていく。

 

私のフラストレーションの行先は、ものづくりだった。

自分の作ったものに感情を乗せると、行き場のない寂しさが少しだけ浄化される。

そのスッキリとした気分は、当時の自分にとって他では味わえないものだった。

 

そんな私は、自然とものづくりの仕事に興味を持ち、デザインの専門学校へ進んだ。

 

デザイナーから事務員へ

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専門学校卒業後、無事印刷会社へ就職したものの、過酷な長時間労働とギスギスした職場環境に耐える日々が続いた。

業務内容は割と好きだし続けたいと思っていたが、残業時間が月120時間を超えたとき。

意識を失い、続けることができなくなった。

その後、残業が少なめと聞いて同業種の別の会社へ転職するも、労働環境は前職と似たり寄ったり。

家族の事情も重なって、5年でデザインの仕事を辞めることになった。

 

…いや、家族の事情というのは後付けの言い訳だ。

別の会社へ就職したデザイナーの知人たちも、バタバタと倒れては辞めていく。

私は作ったものにはこころを乗せたい。だが、それは現場では全く求められなかった。

体力限界の中、日々量産されていく、こころの無いデザイン。

甘いかもしれないが、これ以上デザインの仕事を嫌いになりたくなかった。

 

ものづくりは趣味にしよう。

派遣事務員に転職した私は仕事を無難にこなし、家に帰ってから毎日創作活動やピアノの練習に没頭した。

描きたくなくても毎日イラストを描く。

目立つのが嫌いな自分の殻を破るためにピアノのコンクールに出てみる。

ストレス解消のためヨガは週2回。カラオケは週3回。

人見知りを克服するためにゲストハウスに泊まってみる。

生きづらさを解消するために心理学の本を読み漁る。

仕事はラクになったんだからプライベートでぼーっとしたら負けだ。

自分に鞭を打って休む間もなく行動する日々を5年間過ごしていた。

苦しいけれど充実はしていた。結果、得たものも大きいし、周りからも行動的だねと褒められた。

だけど、頑張れば頑張るほど、むなしさも残った。

 

気が付けば私もアラサー。

同級生はどんどん結婚、出産を経験し、家庭を持つようになっていく。

友達が幸せそうなのは素直にうれしい。

でも、それと私の幸せの形は違うような気がした。

まだ何がしたいかは分からない。

いつかは好きな人と暮らしたいという気持ちもある。

でも、今。この中途半端な状態で結婚し家庭を持ってしまったら、絶対に後悔をする。

それだけは分かる。

まず自分らしく生きたかった。

別に絵や音楽で有名になりたいわけじゃない。

どうすれば私は自然に生きられるのか、どうすれば人生を楽しめるのか。

本当にそれだけだった。

入社当時は穏やかだった事務の職場も、改革推進派の上司の暴走で荒れに荒れている。

何か私に突出したところがあれば、このモヤモヤした生活ともおさらば出来るのではないか。

仕事に生きがいを感じられなくなった私は、仕事以外に生きがいを見出そうと必死だった。

 

「田舎フリーランス養成講座」との出会い

職場での昼休みの事。

昼食を食べながらFBをチェックしていると、「田舎フリーランス養成講座」の広告が目に入った。

自由な生き方を模索していた私は、フリーランスについても時々検索していた。

そこから巡り巡って私のタイムラインに上がってきたのだろう。

1か月田舎に移住し、フリーランスとしての知識を勉強するというこの講座だが、食事・家付でビックリするほどお得な価格。

心惹かれたものの、当時は募集が終了しており、事務員として収入を得ながら何かに挑戦をするという生活スタイルが定着していた私は、関係ないかとブラウザを閉じた。

 

そして数時間後。

私は契約終了という名目のリストラ宣告を受けることになる。

 

忘れもしない2015年12月24日、クリスマスイブ。

私は、1か月後に31歳を迎えようとしていた。

→その2へ続く

リストラされた31歳派遣OL、田舎でフリーランスデザイナーになるシリーズ

→その2

→その3

プロフィール

みか

ヒーリングデザイナー
カラーセラピスト/イラストレーター

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ブラックなデザイン会社から気ままな事務職に転職したが、6年目でリストラに遭う。その後、流れるようにまるもの田舎フリーランス養成講座に参加。そのまま独立し、フリーランスデザイナーに。
また、こころが弱く孤独な子供時代を送ったことから、メンタルを癒す方法を長年研究している。
現在はストレスケア技術の五感セラピーを習得するため、実家で力を蓄え中。